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古代の里
水がふんだんにあり気候も穏やかな古川は、ずっと 昔からくらしに適した場所だったようです。
古代遺跡の宝庫としても、古川は有名。考古学者に なった気分で遺跡の探検してみませんか?
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緒絶の館

三日町と七日町を結んで市の中心を流れる緒絶川。
緒絶の館は、平安時代からの悲恋物語を伝えるこの 川の岸にたたずむ市民ギャラリーです。
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古川が東北の古都だった!?
東北支配の拠点が最初におかれたのは多賀城だと考えられてきましたが、それより古い役所の跡が発見されました。
その遺跡が、古川市の西側にある名生館官衛遺跡です。昭和55年から発掘調査が行われ大きな役所の跡が見つかりました。
この役所は7世紀末から10世紀始めころまで続いていたようです。
その歴史的な重要さで国の史跡に指定されています。
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ささにしき資料館
新幹線古川駅の正面にあるのが「ふるかわとプラザ」ささにしき資料館。
おいしいお米、ササニシキを生んだ古川の、米作りの歴史をテーマに展示しています。 |
デモクラシーの生誕地 吉野作造記念館
世界を知り、日本の未来を憂い、たたかい続けた大正デモクラシーの旗手、吉野作造。
彼の足跡をたどれば日本の未来が見えてくるかもしれません。
大正デモクラシーの理論的な先駆者である吉野作造は、明治11年(1878)古川に生まれました。二高から東京帝大へ進んだ彼は、中国やヨーロッパで留学生活を送りその後母校の帝大に戻り政治史講座を担当。「中央公論」の政治論文において『民本主義』を提唱しました。
「憲法の本義を説いて其の有終の美を済すの途を論ず」は当時、最も民主主義的な思想でした。
●お問い合わせ
吉野作造記念館
〒989-61 宮城県古川市福沼字御蔵西16
TEL0229(23)7100 FAX0229(23)4979
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化女沼
新幹線古川駅から車で北に約15分、周囲4kmの化女沼です。水面を舞う白鳥の姿は寒さを忘れさせてくれます。また、周辺にはレジャーランド、緑にかこまれた市民公園、古代の里などの 施設があります。
むかし、化女沼のほとりに長者が住んでいました。長者にはひとりのきれいな姫がおりました。
姫は朝に夕に美しい姿で沼の岸に来ていました。
いつからかその姫の美しさに見とれて、たくさんのへびが水面に集まるようになっていました。
ある秋の夕暮れ、美しい若者が長者の家に泊まりました。
姫は若者からいろいろな旅の話を聞き、大変楽しいときを過ごしました。
やがて若者が旅立っていくと、長者の家はさびしくなり、姫も別れをたいそう悲しみました。
姫は悲しみのあまり沼のほとりでぼんやりしていると、急に身体の調子が悪くなり寝込んでしまいました。
さいわいに、しばらくしてからだは直りましたが、姫はなんとへびの形をした赤子を産んでしまったのです。
長者の家では大騒ぎとなりましたが、子供は家を出て沼の中へ消えてしまいました。
それからというもの、毎晩のように沼の中から子供の泣き声が聞こえるようになりました。
姫は悲しみのあまり、とうとう沼へ身を投げて死んでしまいました。
毎年七月の節句には、はたを織る音が聞こえるということです。
化女沼にまつわる伝説はたくさんあり、長者の娘が沼の水を鏡にして化粧をしたので、化粧沼というのだとも語り継がれています。
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商店街のモニュメント

すっきりと整備された商店街、まちのあちこちに立つ彫刻、 そして昔ながらの八百屋市など・・・
歴史と自然のめぐまれた環境の中で、古川のまちには元気なパワーがあふれています? |
郷土芸能「保柳神楽」
宮城県古川市の指定無形文化財の保柳神楽は、今からおよそ400年前、保柳の城主だった保柳内記主計が神社やお寺の祭礼の時に、娯楽として民衆に舞わせたのが
始まりとされています。 |